高松地方裁判所 昭和32年(ワ)227号 判決 1959年3月17日
原告 国
訴訟代理人 大坪憲三 外一名
被告 高松中央青果株式会社 外一名
主文
一、被告は原告に対し、金五二〇、八三七円およびうち金四九七、六八一円に対しては昭和三〇年八月二六日から、うち金三二二〇円に対しては同年九月二三日から、うち金一一、二七五円に対しては同年九月二九日から、金五、五二一円に対しては同年九月三〇日から、うち金二、八二〇円に対しては同年一〇月二四日から、うち金三二〇円に対しては同年一一月二九日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二、原告その余の請求を棄却する。
三、訴訟費用は被告の負担とする。
四、この判決は原告において被告に対し金一〇〇、〇〇〇円の担保を提供するとき、原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一、当事者双方の申立
一、原告は、「被告は原告に対し、金五二〇、八三七円およびうち金四九七、六八一円に対しては昭和三〇年八月二六日から、うち金三、二二〇円に対しては同年九月二三日から、うち金一一、二七五円に対しては同年九月二九日から、うち金五、五二一円に対しては同年九月三〇日から、うち金二、八二〇円に対しては同年一〇月二四日から、うち金三二〇円に対しては同年一〇月二九日から、それぞれ支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。
二、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二、請求の原因
一、身分関係
被告は、高松市で青果物の仲介、あつ旋および加工等の業を営む株式会社であり、訴外太田重雄(以下単に訴外太田と略称する。)は、被告会社の被用者として被告会社所有の自動車の運転に従事しているものである。
訴外中讃通運株式会社(以下単に訴外会社と略称する。)は、坂出市に本店を有し、貨物自動車運転事業等を営む株式会社であり、訴外亡笹良明(以下単に訴外笹と略称する。)および訴外前田貞夫(以下単に訴外前田と略称する。)は、いずれも訴外会社の被用者で、それぞれ、自動車運転者ないし自動車運転助手として、訴外会社の業務に従事していたものである。
二、訴外太田重雄の不法行為
訴外太田重雄は、昭和三〇年八月一〇日、被告会社所有の普通貨物自動車(香一ー一七一五号)を運転して、香川県仲多度郡多度津町から高松市に帰るべく、同日午後一一時三〇分頃、時速約四〇粁で同県綾歌郡国分寺町新居の国道上を東進中、先行していた小型乗用自動車を追い越そうとして、不注意にも前方注視義務を怠り、折から進路上を反対方向から進行して来た訴外笹が運転し、同前田の同乗する訴外会社所有の普通貨物自動車(香一ー二三三六号)に衝突し、よつて、訴外笹に右前膊挫滅創の重症を負わせ、翌一一日午前一時三五分頃高松市天神前三宅病院において右負傷に基づく出血多量のため死亡させ、また訴外前田には全治五九日間を要する左下膊挫滅創等の傷を負わせた。
三、民法第七一五条の主張
訴外太田の右不法行為によつて訴外笹および同前田に生じた損害は、訴外太田が被告会社の事業の執行につき加えたものであるから、被告会社は訴外太田の使用者として民法第七一五条に基き右損害を賠償すべき義務を負う。
四、損害額
右事故によつて、訴外亡笹良明およびその妻訴外笹サク子(以下単に訴外サク子と略称する。)並びに訴外前田の蒙つた財産上の損害、被告会社に対して取得した損害賠償債権の内容は次のとおりである。
(一)、訴外亡笹良明の関係
(1)、 訴外笹の蒙つた財産上の損害
訴外笹は、昭和三〇年一月五日訴外会社に入社、死亡に至るまで同社の自動車運転手として勤務していたが、同訴外人の訴外会社における給与はすべて水揚量による出来高払制で計算されていたところ、同訴外人の死亡前三カ月間の給与は、昭和三〇年五月分が一四、八六〇円、同六月分が一四、〇八七円、同七月分が一四、二四八円となつていて、同訴外人は毎月確実に一四、〇〇〇円以上の所得をあげていた。そして、同訴外人は、昭和五年三月五日生れ死亡当時満二五才の健康人であつたから、仮に本件事故がなければ、事故後少くとも四二年間は生存し得たであろうことが容易に推定され、(厚生大臣官房統計調査部昭和三一年の第九回生命表)、したがつて少くとも事故後三五年間は労働が可能で、その間少くとも毎月一四、〇〇〇円の割合で収入をあげ得たであろうと考えられる。
以上の事実を基礎にして、本件事故によつて訴外笹の蒙つた財産上の損害額を算出してみると、右稼働年間の必要生活費を一カ月四、〇〇〇円としてこれを右所得から控除し、更にホフマン式計算方法によつて年五分の割合による中間利息を差し引いて、事故当時の一時払金に換算してみると、
一時払金(14,000-4,000)×12×35/(1+35×0.05)= 3,900,000/275 = 1,413,181の数式により金一、四一八、一八一円となる。すなわち、これが本件不法行為によつて訴外笹の蒙つた財産上の損害である。
(2)、 訴外笹サク子の相続 訴外笹サク子は、昭和二三年二月一九日訴外笹と婚姻、その旨の届出を了し、同年六月二五日訴外笹との間に長女を儲けた者であるが、訴外笹の死亡により同訴外人の有する右損害賠償債権の三分の一(債権額四七二、七二七円)を相続した。
(3)、 訴外笹サク子の蒙つた財産上の損害 訴外サク子は訴外笹の本件事故による死亡によつて葬儀料三〇、〇〇〇円以上、医療費一〇、〇〇〇円(うち金八、三六〇円は昭和三〇年九月二九日三宅病院に支払う。)以上の合計四〇、〇〇〇円以上を直接出費して、これと同額の損害を蒙つた。これが本件事故によつて同女の蒙つた財産上の損害である。
(4)、 以上を合算すると、訴外サク子は被告に対し合計金五一二、七二七円以上の損害賠償債権を取得したことになる。
(二)、訴外前田貞夫の蒙つた財産上の損害
(1)、 右訴外人は、昭和三〇年六月一七日訴外会社に入社した者で、同人の受ける給与は水揚量による出来高払制で計算されていたところ、同人の負傷直前の七月分の給与は七、九九四円で、同人は一日平均二五八円の賃金を得ていた。また同訴外人は本件事故による負傷の治療のため昭和三〇年八月一一日から同年九月一八日までの三九日間出勤して稼動することができず、前述のように給与が出来高払制で、あつたので、この間の収入は皆無であつた。以上を基礎にして計算すると、訴外前田は本件事故によつて合計一〇、〇六二円の得べかりし所得を失い、これと同額の損害を蒙つた。
(2)、 更に、訴外前田は、本件事故による負傷の治療のための医療費として、寺師外科医院に対し昭和三〇年九月二二日金三、二二〇円、同年一〇月二四日金二、八二〇円、同年一〇月二九日金三二〇円、三宅病院に対し同年九月二九日金二、九一五円をそれぞれ支払つてこれと同額の損害を蒙つた。
(3)、 以上を合算すると、訴外前田は被告に対し金一七、三三七円の損害賠償債権を取得したことになる。
五、原告による損害賠償債権の代位取得
(一)、右に述べた訴外笹の死亡および同前田の負傷はいずれも同人等の業務上の事故であつて労働基準法による災害補償の対象となるところ、同人等の使用者である訴外会社と国との間には、労働者災害補償保険法第三条第一項、第六条により昭和二二年九月一日以降強制的に同法の保険関係が成立していたので、原告(現実には坂出労働基準監督局)は同法第一、二条に基き訴外サク子および同前田(本人)に災害補償として次のとおりの保険給付をした。
(1) 訴外サク子に対する保険給付の内訳<省略>
(2) 訴外前田に対する保険給付の内訳<省略>
以上(1) (2) の合計額五二〇、八三七円
(二)、原告は、右保険給付によつて、労働者災害補償保険法第二〇条第一項に基き保険給付の日から被補償者たる訴外サク子および同前田の被告に対して有する前記損害賠償債権を右保険給付の限度で取得した。
六、請求
よつて、原告は、被告に対して、本件保険給付金に相当する損害金五二〇、八三七円および「原告の申立」欄記載のとおり各内金に対する各起算日(内金四九七、六八一円および同三、二二〇円については各保険給付の日の翌日、その余の内金については各保険給付の日)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三、被告の答弁および抗弁
一、請求原因一の事実(身分関係)を認める。
二、請求原因二の事実(訴外太田の不法行為)に対して
(一)、右事実のうち訴外太田の運転する車の時速および同人の過失の点を否認し、その余の事実を認める。
(二)、右事故について訴外太田に過失はない。訴外太田の運転する車が制限以下の時速三〇粁以下で、先行していた小型乗用自動車に約二粁位追従した後、先行車が時速を三〇粁以下に減速し、国道の左(北)方に避譲した。そこで訴外太田は、前方を注視したが誘蛾灯の点滅以外に自動車らしきものを現認しなかつたので、なおも前方を注視しながら自己の運転する車を道路中央部に向つて右側に出て、約二〇米進行した際、反対方向から進行して来た訴外笹の車がそれまで消灯していた前照灯を突如点灯した。訴外太田は、急ブレーキを掛け、左へハンドルを切つたが及ばず衝突するに到つたもので、訴外太田に注意義務違反の事実はない。
(三)、むしろ、本件事故は、訴外笹の次のような過失に基因するものである。
(1) 積荷の制限重量超過 訴外笹の運転していた車の積荷積載制限重量は五屯であつたにもかかわらず訴外笹がこの制限を無視して五、九七六瓩の積荷を積載したため、車は運転の自由を失い、これが衝突の最大原因となつた。
(2) 積荷積載方法の拙劣 訴外笹は車の荷台の下方に小麦粉二〇俵、その上にトランスケース七二個をそれぞれ積載していたため、急停車、衝突によるシヨツクで上積みのトランスケースが運転台の上部に落下して運転台を破壊したのであるが、訴外笹の死亡はこの破壊された運転台とハンドルの心棒に挾まれて負傷したのが原因であるから、同訴外人の積荷積載方法の拙劣が事故の原因となつたものといえる。
(3) 前方注視義務違反 訴外笹は、事故発生の早朝より運転業務に従事し、寝不足と過労のため心身共に消耗し、これがため不注意にも前方注視義務を怠り、終始前照灯を点灯していた訴外大田の車を確認せず、漫然車の運転を続けたため本件事故が生じたのである。
三、請求原因三の主張(民七一五条の主張)に対して
右の主張を争う。被告は、訴外大田の選任およびその事業の監督につき相当の注意を怠らなかつたから損害賠償債務を負わない。すなわち、
(一)、被告は、訴外太田を雇入れるに際して、自動車運転者ないし被告会社従業員としての適格性を十分に審査し、これを確認している。
(二)、被告は、所有貨物自動車二台に対して運転免許を有する運転手五名を雇用し、運転に当つては常に運転免許状を有する運転手二名を同乗させ、一人が運転する間他の一人に休息をとらせて運転手の睡眠不足と過労を避け、また一名の控え運転手を常時会社に休養待機させて交替に備えるなど、自動車運転について細心の注意を払い、充分な監督をしているのである。
(三)、訴外太田の運転していた本件の車は、事故直前の昭和三〇年六月上旬頃購入したもので、同月九日車体検査を受け、事故当時も各部品共完全無欠の状態にあつた。
四、請求原因四の事実(損害額)を争う。
五、請求原因五の事実(原告の損害賠償請求権の代位取得)に対して。
(一)、右事実は不知
(二)(1) 本件事故による損害は、訴外会社の被用者である訴外笹の過失による不法行為に基因し、かつ同訴外人が訴外会社の事業の執行につき加えたものである。しかも、訴外会社の訴外笹に対する選任およびその事業の監督については、次のとおり重大な過失があつたから、訴外会社は民法第七一五条による責任を免れ得ない。
(イ) 訴外会社の車に対する整備は不十分であつた。訴外笹の運転していた車は、事故当日故障し、これが修理に八時間を要した事故車であつた。
(ロ) 事故当日、訴外笹を午前五時から午後一一時三〇分まで連続一八時間三〇分の重労働に就業させて酷使した。
(ハ) 積載制限重量を約一屯も超過する積荷を運搬させた。
(2) 右の次第であるから、原告は、労働者災害補償保険法第二〇条に基く請求をむしろ訴外会社に対してなすべきである。
六、仮に被告に損害賠償義務があるとしても、この義務は次の理由により金三〇万円の限度で消滅した。
(一)、訴外笹の相続人である訴外笹サク子(妻)と同小夜子(子)の両名は、昭和三〇年一一月一五日被告を相手取つて高松地方裁判所丸亀支部に対し、本件事故によるところの訴外笹の得べかりし利益の喪失による損害賠償請求権を右サク子と小夜子がそれぞれ相続し、そのうち各人金三〇万円あてを、また慰籍料として各人二〇万円あての各支払を求める民事訴訟を提起した。
(二)、昭和三一年一月三一日、香川労働基準局長から被告に対し金五一三、〇七七円の支払要求があつたが、被告は同基準局に対し、右訴訟事件の解決まで右サク子および小夜子に対する保険給付を見合わせられたき旨申出た。
(三)、昭和三二年四月六日、右訴訟について、訴外サク子、同笹小夜子の両名と被告との間に調停が成立し、被告はこの両名に対して遺族見舞金として金三〇万円の支払義務を認め、これを同月一六日右両名に支払つた。
(四)、右三〇万円は原告のした災害補償と重複的に支払われたものであるから、これによつて原告は、訴外笹の遺族に対する災害補償保険給付の義務を金三〇万円の限度で免れたことになる。原告は、右三〇万円については、訴外笹サク子および同笹小夜子の両名に対してその金額限度内で既給付保険金の返還請求をすべきであつて、被告に対し請求すべきものではない。
第四、原告の反論
一(一)、被告答弁二・(三)・(1) の事実(積荷制限重量超過に関する主張)については、訴外笹の運転していた車の積荷積載制限重量が五屯であつたこと並びに同訴外人が被告主張の重量の積荷を積載していた事実を認めるが、その余を否認する。積荷過重による運転自由喪失が事故の原因ではない。
(二)、被告答弁二・(三)・(2) の事実(積荷積載方法の拙劣)については、訴外笹が被告主張の荷物を主張の方法で積載、運転していた事実を認めるが、その余の事実を否認する。積載方法に関して訴外笹に過失はなく、積載方法の拙劣が事故の原因となつたのではない。
(三)、被告答弁二・(三)・(3) の事実(訴外笹の前方注視義務違反)については、これを否認する。訴外笹は、前照灯を消していたことはなく、訴外太田の車の先行車との夜間対向のためこれを減灯していたに過ぎない
二、被告答弁三の抗弁事実(民法第七一五条但書の主張)はすべて不知。
三、被告答弁六の主張事実を争う。仮に被告がその主張の日に、主張の金員を支払つたとしても、それは本件保険給付の日以降の事実に属するから、原告の本件損害賠償請求権代位取得の事実に影響はない。
第五、証拠<省略>
理由
一、身分関係
被告が高松市で青果物の仲介、あつ旋および加工等の業を営む株式会社であり、訴外太田重雄が被告会社の被用者として被告会社所有の自動車の運転に従事していた者であること、訴外中讃通運株式会社が坂出市に本店を有し、貨物自動車運転事業等を営む株式会社であり、訴外亡笹良明および訴外前田貞夫は、いずれも訴外会社の被用者で、それぞれ、自動車運転者ないし自動車運転助手として、訴外会社の業務に従事していたものであることは、いずれも当事者間において争のないところである。
二、訴外太田の不法行為
(一) 争のない事実
訴外太田が、昭和三〇年八月一〇日被告会社所有の普通貨物自動車(香一-一七一五号)を運転して、香川県仲多度郡多度津町から高松市に帰るべく、同日午後一一時三〇分頃、同県綾歌郡国分寺町新居の国道上を東進中、先行していた小型乗用自動車を追い越そうとして、折から進路上を反対方向から進行して来た訴外笹が運転し、同前田の同乗する訴外会社所有の普通貨物自動車(香一-二三三六号)に衝突したこと、この衝突によつて、訴外笹が右前膊挫滅創の重傷を負い、翌一一日午前一時三五分頃高松市天神前三宅病院において右負傷に基く出血多量のため死亡したこと、および訴外前田が全治五九日を要する下膊挫滅創等の傷を負つたことは、いずれも当事者間において争のないところである。
(二) 訴外太田の過失の有無
先ず、本件事故が訴外太田の過失に基くものであるか否かの点について判断する。右争のない事実に、成立に争のない甲第七号証、甲第一八号証の一ないし四、甲第一九、二〇号証、甲第二一、二二号証の各一、二、甲第二三ないし第二六号証、証人近藤[口屯]迦志の証言を綜合すれば、昭和三〇年八月一〇日午後一一時三〇分頃、訴外太田は被告会社所有の普通貨物自動車(香一-一七一五号)に氷四屯を積載、訴外斎藤和良を同乗させてこれを運転し、香川県綾歌郡国分寺町国道一一号線道路(幅員一〇米余)左(北)側中央線寄りを時速四〇粁(当時制限時速三五粁)で東進していたこと、訴外太田は事故現場より約五〇〇米西方で前方国道左(北)側を時速三五ないし四〇粁で東進中の小型乗用自動車(以下単に先行車と略称する。)を発見し、暫くはこれに追従運転し、事故現場より約一〇〇米西方で先行車に約一〇米の距離まで追いついたこと、附近国道は非舗装のため先行車のあげる砂塵のため運転が困難であつたので先行車の右側に出てこれを追い越そうと思い警笛を鳴らしたこと、これを知つた先行車が減速して道路の左(北)側に避譲したので、訴外太田は、時速を緩めることなく事故現場より約五〇米西の地点で先行車の右後方を通つて国道中央線から更に約二米右(南)寄りのところに出たこと、出た瞬間、先行車のあげる砂塵の薄らいだ前方三〇米の近接地点に進路上を反対方向から国道右(南)側を進行して来た訴外会社の普通貨物自動車(香一-二三三六号)を始めて発見し、慌てて足ブレーキをかけ、ハンドルを左に切つて急停車の措置を講じたが及ばず、自動車の前部機関右側を相手車(右訴外会社の車)の前部機関正面に衝突させるに到つたこと、これより前、先行車は事故現場より西約四〇米地点において訴外笹の車との対向運転のため前照灯を減灯し、訴外笹の車もこれに応じてそれまで点灯していた前照灯を減灯していること、訴外太田は先行車が右地点で前照灯を減灯したことを認めながら追い越し運転に出たことの諸事実を認めることができる。成立に争のない乙第一号証記載の供述の一部および証人藤田国男の証言中右認定に反する部分は前記採用の証拠に照して信用し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
思うに、夜間、貨物自動車の運転車が先行の小型乗用自動車を追い越そうとし、しかも先行車の巻きあげる砂塵のため前方の確認が困難であるような場合においては、単に先行車に追い越しの合図をしてその動向に注意するだけでは足りず、進路上の反対方向から自動車等の進行して来ることを慮り、よろしく前方を注意してその有無を確認し、事に臨んで急停車等の臨磯の処置を採り得るため万全の措置に出るべき業務上の注意義務を負うものといわなければならない。しかるに、訴外太田は、先行車が夜間対向運転に備えて前照灯を滅灯したことを認めながら、減速することなくあえて先行車の右側に出て前方三〇米の近接点に始めて訴外笹の車を発見し、慌てて急停車、避譲の措置を講じたが及ばず、本件事故の発生をみるに至つたというのであるから、本件事故は、訴外太田の自動車運転手としての右注意義務の懈怠なる過失によつて惹起されたものというべきである。
(三) 訴外笹の過失の有無
被告は、本件事故は、被害者の一人とされている訴外笹の積荷積載重量制限の違反、積荷積載方法の拙劣、前方注視義務違反等の過失に原因するものであると主張するのでこの点につき判断する。
(1) 先ず積荷積載重量制限違反の点について、訴外笹が積載重量五屯である車に事故当時総重量五、九七六瓩の積荷を積載していた事美は当事者間に争のないところであるが、右程度の重量制限違反が車の運転の自由を失わしめ、本件事故の原因となつたことについては、これに関する前顕甲第一八号証の四および乙第一号証記載の各供述は信用し難く、他にこれを認めさせる証拠はない。
(2) 次に、積荷積載方法の点について、訴外笹がその運転する車の荷台下方に小麦粉二〇俵を積み、その上方にトランスケース七二個を積載していたことは当事者間に争のないところであるが、この積載の方法が拙劣であつたことを認めさせる証拠はない(この点に関する前顕乙第一号証記載の供述は信用し難い。)から、積載方法の拙劣であることを前提とする被告の主張は理由がない
(3) 更に進んで訴外笹の前照灯消灯ないし前方注視義務違反の点について検討する。先ず事故当時訴外笹が車の前照灯を消灯していた事実を認めるべき証拠はない。かえつて、訴外笹は前照灯を点灯していたが先行車との夜間対向運転のためこれを減灯に切り換えるに到つたものであること認定のとおりであるから、前照灯に関し、訴外笹に主張のような過失はない。また前方注視義務違反の主張については、この主張に副う前顕甲第一八号証の四記載の供述部分は信用し難く、他にこれを認めさせる証拠はない。もつとも、訴外笹がより早く訴外太田の車を発見して急停車、避譲等の措置を講じておれば本件事故は発生しなかつたと考えられないではないが、前段認定のように、訴外太田の車が先行車を追い越そうとして、先行車の右(南)側に出ようとしたのは事故現場より僅か約五〇米西方の地点であつたばかりか、右(南)側に車が出た時には、訴外太田は前方約三〇米の近接点に訴外笹の車を発見したというように、訴外太田の車が追い越しの態勢に入つつたときの、訴外笹との車の距離はかなり接近していたのである。したがつて、訴外笹が前方注視義務を尽くし、訴外太田の車が追い越しの態勢に入つたのを確認して非常の措置を講じたとしても、本件事故は不可避的であつたと考えられるから、衝突の結果発生の故をもつて訴外笹に前方注視義務違反の過失があると断ずることはできない。しかも本件においては、訴外笹は反対方向よりの車の進行を認めて前照灯を減灯していること前認定のとおりであり、訴外笹の車が衝突のため訴外太田の車に約五〇糎程押し返えされているにもかかわらず、約一四米七〇糎にわたつてスリップしていることが前顕甲第一九号証によつて認められることなどから考えると、訴外笹に前方注視義務違反の過失があつたとは到底いえないのである。
更にまた、訴外笹は、訴外太田の車が追い越しの態勢に出る以前に先行車に追随して進行してくるのを発見し得たはずであり、しかも訴外太田の車が何時追い越しの態勢に出るかも判らないのであるから、これに備えて事前に減速、避譲等の措置を講すべき注意義務があつたのではないかとも考えられるけれども、本件事故現場附近の国道の幅員は約一〇米余であつたこと(前段認定のとおり。)、深夜の現場附近は通行人もなく、諸車の往来も少いこと(前顕甲第一八号証の一、二、甲第一九号証による。)、訴外笹の運転する車は、その幅員がせいぜい二米半位であるうえ、その車の左(南)側の車輪と国道南端とが略常に約一・一米の間隔に保たれた状態で進行を続けていて、車の右(北)側には進路上を反対方向より進行してくる車が通過するに充分な幅の路面が残されていたこと(前顕甲第一九号証によつて認められる。この点に関する前顕甲一八号証の二の記載は右甲第一九号証に照らして信用し難い。)などの諸状況下にあつては、進路の反対方向より自動車が二台続いて進行して来た場合でも、その車が進路の前方を遮えぎつているとか、追い越しの態勢に出ているといつた特段の事情のない限り、訴外笹が対向運転に備えて予め減速、避譲等の措置を講ずべき注意義務はないものと解すべきである。本件において、訴外太田の車が追い越しの態勢に出たのは、至近距離に至つてからであること前認定のとおりであり、それ以後において訴外笹に過失の認められないこと右判示のとおりであるから、これをもつて右特段の事情というに当らず、他に右特別の事情を認めさせる証拠もないので、訴外笹にかかる注意義務があつたものとは認め難い。加えて、事故当時における訴外笹の車の速度、その減速の有無ないし程度如何についても、証人近藤[口屯]迦志の証言中この点に関する部分は信用し難く、他にこれを明らかにさせる証拠もないし、また、前顕甲第一九号証によれば、訴外笹の車がこれ以上国道の左(南)端へ避譲することは運転技術上困難危険を伴うと認められるから、減速ないし避譲の措置を講じなかつたとして、訴外笹に過失ありと断じ得ない。
(4) 以上要するに、本件事故について、訴外笹に過失があつたことを認めるべき証拠はなく、この点に関する被告の主張は採用できない。
三、民法第七一五条の適否
訴外太田が被告会社の被用者であることは当事者間に争がなく、同訴外人の右不法行為によつて訴外笹および同前田に生じた損害が被告会社の事業の執行について加えられたものであることも、被告会社代表者本人尋問の結果によつて明らかである。被告は訴外太田の選任およびその事業の監督について相当の注意を払つているから、使用者としての責任はない旨抗弁する。前顕甲第一八号証の四、甲第二四、二五号証、成立に争のない乙第二号証の一、二、証人成木十三一の証言、被告代表者斎藤良平本人尋問の結果によれば、当時被告は、運転手の過労とそれから生ずる事故発生防止に備えて、所有貨物自動車二台に対して五人の運転免許を有する運転手を雇用し、運転に当つては常に運転免許状を有する運転手二名を一台に同乗させて、交替に運転に当らせていたこと、本件の事故の際にも、訴外太田のほか訴外斎藤和良運転手を同乗させて、往復を交替して運転に当らせていたこと、車輌についての整備や検査を怠つていなかつたことなどの諸事実を認めることができるけれども、右認定の事実あるをもつてしてのみでは、いまだ民法第七一五条但書にいう選任ないし事業の監督について相当の注意を払つたというに当らず、その他相当の注意をしたことを認めるべき証拠もないから、右抗弁は採用できない。
したがつて、被告は、右事故によつて加えた損害を賠償すべき義務があるといわなければならない。
四、損害額の算定
よつて、訴外笹、その遺族および訴外前田が本件事故によつて蒙つた損害について判断する。
(一) 訴外亡笹良明関係
(1) 成立に争のない甲第三号証の一、甲第九号証、甲第一〇号証の一、二、証人笹サク子の証言を綜合すると、訴外亡笹良明は昭和三〇年一月五日訴外会社に入社、本件事故によつて死亡するまで同社の貨物自動車運転手として勤務していたが、同訴外人の訴外会社より受ける賃金はすべて出来高払制で計算されていて、死亡前三ヵ月の賃金は、昭和三〇年五月分が一四、八六〇円、六月分が一四、〇八七円および七月分が一四、二四八円となり、毎月確実に一四、〇〇〇円以上の所得をあげていたこと、同訴外人は昭和五年三月五日生れ、死亡当時において満二五歳の健康な男子であつたことなどが認められ、また仮に本件事故がなかつたならば、訴外笹は少くとも事故後二五年間生存して働くことが可能であることが当裁判所に顕著である。、以上の諸事実よりすれば、右訴外人は、事故後も二五年間は少くとも毎月一四、〇〇〇円、年間にして一六八、〇〇〇円の収入を得たであろうことが推認される。この認定を覆するに足りる証拠はない。また、右採用の証拠によつて認められる同訴外人の家族(妻子と共で三人)右認定の収入、職業(当事者間に争がない。)等よりして、特別の事情の認められない本件においては、同訴外人の事故後二五年間における必要生活費は年間四八、〇〇〇円であると認めるのが相当である。これらの事実を基礎にして、本件事故によつて訴外笹の失つた得べかりし利益を計算してみると、これは、同訴外人が向後二五年間に得べかりし収入(年間一六八、〇〇〇円)より各当該年間の必要生活費四八、〇〇〇円を控除した額から更にホフマン式計算法によつて年五分の割合による中間利息を差引いて同人死亡当時における一時価額に換算した額となり、数式によつて明らかにすると
1時価額=(168,000円-48,000円)×100×(1/105+1/110+1/115+1/120+1/125+1/130+1/135+1/140+1/145+1/150+1/155+1/160+1/165+1/170+1/175+1/180+1/185+1/190+1/195+1/200+1/205+1/210+1/215+1/220+1/225)>1,700,000円
となつて、少くとも一七〇万円を下らない額となる。これが本件事故によつて、訴外笹の蒙つた財産上の損害であり、被告はこれを賠償すべき義務がある。
そして、右採用の証拠によれば、訴外笹サク子は、昭和二三年二月一九日訴外笹と婚姻、その旨の届出を了し同年六月二五日訴外笹との間に長女を儲けた者で、訴外笹の死亡によつて長女と共に訴外笹の遺産を相続したことが認められるから、訴外サク子は、訴外笹の被告に対して有する一七〇万円を下らない損害賠償債権の三分の一(五〇万円を下らない。)を相続したことになる。
(2) 更に成立に争のない甲第一一号証、甲第一二号証の一、二、証人笹サク子の証言によれば、訴外サク子は、訴外笹の本件事故による負傷ないし死亡に際し、医療費として三宅病院に対し昭和三〇年九月二九日金八、三六〇円を支払い、葬儀料として少くとも三〇、〇〇〇円以上を支払つたことが認められる。訴朴サク子の支払つた右認定の諸費用が本件事故によつて同女の蒙つた財産上の損害ということができる。
(3) 以上を合算すると、訴外サク子が被告に対して取得した損害賠償債券額は原告主張の五一二、七二七円を超えることが明らかとなる。
(二)、訴外前田貞夫の蒙つた財産上の損害
(1) 成立に争のない甲第三号証の二、甲第四号証、証人前田貞夫の証言によれば、訴外前田は、昭和三〇年六月一七日訴外会社に入社した者で、同人が訴外会社から支払いを受ける賃金はすべて出来高払制で計算されたところ、同人の負傷直前の七月分の賃金は七、九九四円(一日平均の賃金二五七円強)であつたこと、同訴外人は本件事故によつて受けた負傷の治療のため昭和三〇年八月一一日から同年九月一八日までの三九日間出勤して稼働することができず、賃金が出来高払制であつたので、この間の収入が皆無であつたことなどの諸事実を認めることができる。右認定に反する証拠はない。以上より計算すれば、訴外前田は、本件事故によつて平均賃金(一日)二五七円の三九日分合計一〇、〇二三円の得べかりし利益を失つたことになる。
(2) 次に、成立に争のない甲第一三号証の一ないし六、証人前田貞夫の証言によれば、訴外前田は、本件事故による負傷の治療のための医療費として、寺師外科医院に対し昭和三〇年九月二三日金三、二二〇円(原告はこの支払日を同月二二日と主張するがこれを認めるべき証拠がない。)、同年一〇月二四日金二、八二〇円および同年一一月二九日金三二〇円二(原告はこの支払日を同年一〇月二九日と主張するがこれを認めるべき証拠はない。)、三宅病院に対し同年九月二九日金二、九一五円をそれぞれ支払つたことが認められる。右認定を覆すに足りる証拠はない。
(3) 右認定の訴外前田の失つた収入額および同人の支払つた医療費が、本件事故によつて同訴外人の蒙つた財産上の損害であり、被告はこの合計額一九、三九二円を訴外前田に賠償すべき義務がある。
五、原告の損害賠償債権代位取得
(一)、前顕甲第三、四および第一〇号証の各一、二、甲第一一号証、甲第一二号証の一、二、甲第一三号証の一ないし六、甲第二一号証の一、二、成立に争のない甲第一四号証の一、二、証人笹サク子および同前田貞夫の証言を綜合すれば、訴外笹および同前田の死亡ないし負傷はいずれも同人等の業務上の事故に基くもので労働基準法上の災害補償の対象となつたこと、労働者災害補償保険法第三条第一項、および同法第六条により昭和二二年九月一日以降国と訴外会社との間に強制的に同法による保険関係が成立していたこと、そのため原告は、坂出労働基準監督局を通じて、同法第一二条に基き訴外笹の妻である訴外サク子および訴外前田(本人)に対し災害補償として次のとおりの保険給付をしたこと
(1) 訴外サク子に対する保険給付<省略>
の諸事実を認めることができる。右認定(訴外笹サク子に対する療養補償費の保険給付の日)に反する甲第一二号証の二の記載部分は前顕甲第一二号証の一に照らして信用し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
(二)、したがつて、原告は、右給付によつて労働者災害補償保険法第二〇条第一項に基き右各給付の日から右各給付額に相当する限度で順次被補償者である訴外笹サク子および同前田貞夫の被告に対して有する前認定の損害賠償債権の一部を取得したといわなければならない。そして、原告が被告に対し昭和三〇年九月五日頃右取得の旨を通知したことは成立に争のない甲第一五号証の一ないし三によつて認められる。被告は、原告に対して右保険給付の限度において損害額を賠償しなければならない。
(三) 被告は、本件損害は訴外会社の被用者である訴外笹の不法行為に原因し、しかもこれは訴外会社の事業の執行につき加えられたもので、訴外会社の訴外笹に対する選任およびその事業の監督について重大な過失があつたから、訴外会社こそ右損害を賠償すべき義務があり、原告の労働者災害補償保険法に基く請求も訴外会社に対してなすべきである旨主張するけれども、本件事故について訴外笹に過失の認められないこと前段判示のとおりであつて、訴外笹に過失のあることを前提とする被告の右主張は理由がない。
六、被告は、仮に被告に損害賠償義務があるとしても、訴外笹の相続人である訴外笹サク子と同小夜子の両名は、昭和三〇年一一月一五日被告を相手取つて高松地方裁判所丸亀支部に対し本件事故による損害賠償請求の訴を提起し、同三二年四月六日右訴訟につき右当事者間で調停が成立して被告は右両名に対し遺族見舞金として金三〇万円の支払義務を認め、これを同月一六日右両名に支払つたから、被告の債務は右三〇万円の限度で消滅した旨抗弁するけれども、被告の主張する右訴の提起日、調停の支払日および金員支払の日はいずれも原告が訴外サク子の被告に対する損害賠償債権を保険給付の限度で代位取得し、その旨を被告に通知した日(前段認定のとおり昭和三〇年九月五日頃のこと。)以降のことであるから、右訴の提起、調停の成立および金員の支払は原告の被告に対する本件請求に何等の影響をも及ぼさないと解すべきである。
七、結論
(一)、以上の次第であるから、被告は原告に対して、次のとおりの支払義務がある。
(1) 元金 五二〇、八三七円
(2) 遅延損害金
遅延損害金については、代位取得の基礎になつた保険給付が直接被補償者に交付されたものであれば、その給付に対応する元金の内金については右給付の日の翌日から、その保険給付が療養補償費として被補償者のため直接医療機関に交付されたものであれば、それに対応する元金の内金については右給付の日の当日から、それぞれ当該内金に対する支払済みまでの民法所定の年五分の割合による遅延損害金が付加されて支払わるべきものと解される。したがつて、本件において被告に支払義務ある頭書元金に対する遅延損害金は、
(イ) 訴外笹サク子に給付された遺族補償費および葬祭料に対応する内金四九七、六八一円に対する保険給付の日の翌日である昭和三〇年八月二六日から
(ロ) 訴外前田のため寺師外科医院に交付された療養補償費に対応する内金三、二二〇円に対する右交付の当日である昭和三〇年九月二三日から
(ハ) 訴外笹サク子および同前田貞夫のため三宅病院に交付された療養補償費に対応する内金一一、二七五円に対する右交付の日の当日である昭和三〇年九月二九日から、
(二) 訴外前田に給付された休業補償費に対応する内金五、五二一円に対する右給付の日の翌日である昭和三〇年九月三〇日から、
(ホ) 訴外前田のため寺師外科医院に交付された療養補償費に対応する内金二、八二〇円に対する右交付日の当日である昭和三〇年一〇月二四日から、同じく右内金三二〇円に対する右交付の日の当日である同年一一月二九日から、
それぞれ各支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員となる。
(二)、よつて、原告の本訴請求は、右の限度で正当として認容し、その余は失当として棄却を免れない。訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条但書、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石丸友二郎 中嶋卓児 小瀬保郎)